歌謡曲(JASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)に作詞の登録があり、印税をほんの少しだけ貰った事もある)や駄玩具(以前、脱サラしておもちゃ屋を始めようと集めたもの)について書いていこうと思います。(他に懐かしいCM、おもちゃ、アイドル、アニメなど)

懐かしいおもちゃ 

赤いボタンを押すとリンクに飛びます

復刻版一覧はここから

限定版一覧はここから

仮面ライダー一覧はここから

ウルトラマン一覧はここから

ゴジラ一覧はここから

ロボット一覧はここから

懐かしいマンガ 

懐かしマンガ一覧はここから

懐かしいCD 

懐かしCD一覧はここから
Sony Music Shop

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- --:--|スポンサー広告

 

能瀬慶子は、第3回ホリプロタレントスカウトキャラバンで優勝し、’79年に「アテンションプリーズ」で歌手デビューした。
その後、赤いシリーズ「赤い嵐」で記憶喪失の少女を演じ「ここはどこ、私は誰」というセリフが話題となった。

ところで当時、デビュー曲の「アテンションプリーズ」は結構お気に入りで、良く聴いていた。最近知ったのだが、作曲は浜ショー(浜田省吾)である。

能瀬慶子  アテンション・プリーズ
スポンサーサイト
2011/06/26 01:41|懐かし歌謡曲CM:10

 

ポップコーンは、’79年に「ブルーロマンス薬局」でデビューした兄妹デュオである。

私の記憶が正しければ、スター誕生からのデビューだったと記憶する。

以前にも書いたが、当時私はアイドル歌手(笑)を目指し、大手芸能事務所が主催するオーディションを受けていたが、当然のことながら一次予選も通過することなく、また7歳離れた妹が居たこともあり、兄妹デュオでのデビューもありかな、などと考えたりした。

妹にそれとなく提案すると、言うまでも無く速攻で断られた。



人気ブログランキングへ にほんブログ村 コレクションブログへ
にほんブログ村

2010/10/05 19:32|懐かし歌謡曲CM:2

 

BIBIは、資生堂の2代目バスボンガールとしてデビューした小西直子と早坂アキヨからなるアイドルデュオである。

’79年に「スカイピクニック」で歌手デビューしている。

たしかにスタイルは抜群であるが、もう少し歌のレッスンをした方が良かったかもしれない。

ちなみに早坂アキヨ(向かって左)は、その後、戦隊モノのピンクを演じたようだが、残念ながら私は見たことがない。





人気ブログランキングへ にほんブログ村 コレクションブログへ
にほんブログ村

2010/09/15 00:35|懐かし歌謡曲CM:4

 

「二人歩記」は長渕剛のアルバム「Bye Bye」に収録されている曲である。

この曲を聴くと今でもあの時のことを思い出す。

社会人になって2年目の夏、残業を終えて帰宅すると、私を除く家族全員が居間に集まって、何やら家族会議を開いているようだった。

そして帰宅したばかりの私に向かって父が一言「明日、夜逃げするぞ」といった。

家に莫大な借金があるのは知っていた。当時、両親、姉、兄と私は社会人(妹は学生)だったが、毎月の給料のほとんど(生活費を除く)がその返済に充てられていたからだ。しかも5人の給料が利子の返済だけで消えていたのだ。多分、それでも払い切れないほどに借金が膨れ上がっていたのだろう。

両親は若い頃に駆け落ちをし、充分な収入がないままに無理をして一軒屋を建てたため、毎月のローン返済に行き詰まり、マチ金に手を出したことが借金の始まりだったようだ。

とにかく私を除く家族全員が夜逃げすることに賛成していた。姉兄達も長年の借金生活に疲れきっていたのだと思う。

だが私は反対した。社会人になって2年目、先輩に怒られながら時には悔しい想いもしてやっと覚えてきた仕事を簡単に辞めたくないという、ただそれだけの理由だったが。(普通科の高校から技術系の仕事に就いたため技術習得が大変だった)

あまりに私が反対したので、一旦、明日の夜逃げは延期になった。

数日後、会社から帰宅すると、母が「夜逃げしなくても済むかもしれない」と言った。話を聞いてみると、ある知人の方に弁護士の先生を紹介してもらって相談してみると「借金をチャラに出来る」と言ったそうだ。今で言う破産宣告というものだが、当時はそんな言葉は一般的に使われていなかったので家族全員が半信半疑だった。
さらにもう一つ問題があった。それは申告代の費用として100万円のお金を弁護士の先生に支払わなければならないということだった。そんなお金は我が家には残っているはずもなかった。その話は暗礁に乗り上げた。

翌日、姉の帰りが遅かった。みんなが心配した。夜の11時になってやっと帰ってきた。姉は叔父の家に行ったらしく、弁護士に支払う100万円を貸して貰うように頼んできたとのことだった。
叔父はお金は貸してくれなかったが、その代わりに叔父名義で銀行にローンを組んでくれるとのことだったらしい。ただ毎月の返済はそちらで何とかしてくれ、ということだった。
とにかく姉のお陰で夜逃げは免れた。結局、百万円の返済は私が引き受けることになった。

それから暫くして弁護士の先生から申告が受理されたとの連絡が来た。だがそれは幼稚園からずっと住み慣れた家を手放すことが条件だった。(財産は一部を除いて全て取られた)

夜逃げではないが、住み慣れた愛着のある家を出なければならない日がやってきた。当時、田舎に住んでいたため、近所の方々になるべく知られないように夜中に引っ越すことにした。

兄が借りてきたトラックに僅かな荷物を積み込んだ。兄が運転手、助手席には両親が座り、私と残りの姉妹たちはトラックの荷台に乗り込んだ。

トラックに揺られながら、住み慣れた家が小さくなっていくのをずっと見ていた。その時、長淵の「二人歩記」が頭の中に流れてきた。

その後、新居に移り住んだが、決して平穏な生活ではなかった。破産宣告したことで、お金を取り損ねたサラ金業者の社員たちが嫌がらせにやってきたからだ。(サラ金業者から見れば当然のことだ)

数ヵ月後、兄が家から出て行った。借金を払わなくても良くなったからだ。そして数年後、私も家を出て一人暮らしを始めた。さらにその数年後、鞄ひとつを手に提げて故郷を離れた。

当時は相当親を恨んだものだが、今振り返ると、平凡な人生よりも変化のある人生で勉強になったと思っている。

その後、現在に至るまで5回ほど引越し(仕事関係も含め)をした。その度に「二人歩記」を口ずさんでいる。

現在の場所(借家)に住むようになって十数年が経ち、このまま定年まで安泰だと思われた。

だが去年、突然のリストラに遭った。

我が人生、まだまだ修行が足りないと誰かに言われているようである。




人気ブログランキングへ にほんブログ村 コレクションブログへ
にほんブログ村


2010/08/30 23:55|懐かし歌謡曲CM:4

 

高野浩之(現高野浩幸)は、’72年に「超人バロム・1」にて白鳥健太郎役(二人のうちの頭のいい方)を演じた俳優である。

ちなみに木戸猛役(ガキ大将の方)を演じていた飯塚仁樹は、’90年代に故人になったと伝えられていたが、健在との噂もあり、信憑性は定かではない。

高野氏は子役の頃からテレビドラマ等で活躍していたが、やはり私が一番印象に残っている作品は、本人が中学生の時に演じたNHK少年ドラマシリーズ「なぞの転校生」だろう。

この頃から優等生のお兄さんという印象があり、「バンパイヤ」時代の水谷豊に何処となく似ている。

その後も度々テレビドラマで見る機会があり、シングルも2枚リリースしたが、ヒットには至らなかった。

現在は舞台を中心に活躍中である。




送料無料!!【DVD】NHK少年ドラマ なぞの転校生(1)/高野浩幸 タカノ ヒロユキ

人気ブログランキングへ にほんブログ村 コレクションブログへ
にほんブログ村
2010/05/25 08:05|懐かし歌謡曲CM:0

楽天 

月別アーカイブ 

RSSリンクの表示 

リンク 

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター 

Copyright(C) 2006 70年代なつかし症候群【昭和コレクションシリーズ】 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. まとめ template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。